ふじメディカル指導監督医Dr.駒井の、あったかい心温まるブログです。
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わたしの宝

私の宝

一組の老夫婦がいた。夫Aさんは四十年 の長きを国の公僕として全うし、数年前に退官、そのことを余生の生きがいにしていたが、再発の不安を抱えたガンの患者であった。

息子夫婦に母屋を譲り、二人は離れの一室に暮らしていたが、妻が脳血栓に倒れた日、Aさん夫婦はそろって入院、隣り合った病室に身を横たえる日々を余儀なくされてしまった。

 私がA夫人の病室を訪ねたある時、隣のベッドに寝ている初老の患者さんがしんみりとした口調で、「先生、この方のご主人、本当に温かい人なんですよ。夜ねる前には、必ずこの部屋に来て、奥さんの様子を見ていくんです。奥さんが眠っている時は、じっと顔をのぞきこみ、髪の毛を撫でて黙って部屋を出ていくんですよ。」

 そこへ、Aさんが入って来て、「こいつは私の宝です。こんなクシャクシャばあさんだど・・・・・」と照れる様子もない。

 入院した時に、「私は酒を飲むことと、仕事をすることしかしてこなかった。家の事はみんなこいつにまかせっきり。でもみんないい子に育って。」と語っていたAさんの言葉を思い出す。

 夫人の亡くなった日、Aさんは 自分のベッドに正座してうつむいていた。私の顔を見て、老いた目から涙をこぼし頭を下げたが、言葉はなかった。
クローバーのイラスト1
 
その後、小康状態のAさんの退院の話が出た時、子供さんたちはみんな渋っていた。「帰ってきっても居る部屋がない。離れは子供部屋になってしまったので、もう少し待ってほしい。」というのが子供さんの言い分であった。

Aさんは「息子たちも大変だから。」と言葉少なく語った。どうにか退院できる事になり、庭先に作ってもらったプレハブの部屋で生活をはじめた一週間後、Aさんは心筋こうそくの発作を起こして急死した。夫人の死から二カ月後のことであった。

 小雨降る中お焼香に伺ったが、玄関脇には山吹の花が鮮やかに咲いていた。

先日、たまたまAさんのお宅の前を通りかかったところ、同じ場所に咲いている山吹の花の色を見て、あれからちょうど三年の月日が流れた事に気がついた。

| 10:53 | 診療室の窓から | comments(0) | trackbacks(0) |
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