ふじメディカル指導監督医Dr.駒井の、あったかい心温まるブログです。
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夏祭りの老人
 六十年に一度という雨の多い今年の夏ではあったが、そんな不純な天候のあいまをぬって、今年もまたあちこちで、夏まつりのにぎわいがが聞こえてきた。そんな祭りの囃子を聞くと、私には決まって思い出す一つの顔がある。18

当時は、私の一家は前橋に隣接した大胡町に住んでいた。まだ幼なかった長男、長女にせがまれて祭りに出かけて行った。小学校の校庭の中央に櫓が組まれ、それを取り巻いて盆踊りがまっ最中であった。子供達は盆踊りを見るより、まわりの出店の方に関心があるらしく、盛んに私の手をひっぱっている。そんな時、ふと、色とりどりの着物姿で踊る人達の輪の中に、見覚えのあるひとりの老人の顔を見つけた。

普段着のまま、よれよれの手ぬぐいを首にかけて、その老人は一心に踊っていた。

まわりの人達と手・足の振りが合わないようだが、おかまいなしだ。真っ直ぐ、前を向いてひどくまじめな顔で踊っていた。あの老人の妻は、私の所に、長い間入院していたが、亡くなってまだ日が浅かった。くも膜下出血という病気で倒れ、手術を受けたが、その後はねたきりになってしまっていた。手足も思うように動かず、痴呆もかなり進んでいた。

老人は朝早くやってきて、細々と妻の面倒をみていた。
食事の介助、排泄の世話、熱が出ると氷枕を作り、爪切りや、妻の下着のつくろいまで、不器用なてつきでやっていた。そして夕方、食事を食べさせて、おむつを替えると、待つ人もいない自宅へと帰っていったのだった。

丸二年、大雨の時もやってきた。排便の後は、妻のおしりに顔が付く程に近づいて、ゴシゴシとふいていた。お年寄りのこととて、汚れはかえって拡がる事もあったが、看護婦は昼間はあまり手を出さず、老人が帰った後、お尻をふきなおす、という事もあったようである。

口数の少ない、無愛想な人であった。私が一度「大変でしょう」というとニコリともせず、「いやでもしゃあねぇや。ばさんがこうなったんだから。」
汚れたおむつを手に「そら、どけ!ばあさんのくそが通るぞ、きたねぇぞー。」と人払いしているところに出くわしたことがあったが、老人の手には、汚れたおむつがしっかりとにぎられていた。
今はその奥さんもなくなって、老人には一人ぼっちの生活が始まったはずであった。

踊りの輪の中にいるあの人の心の内は、知るよしもなかったが、元気に暮らしておいでのようだと、わたしは密かに安どした。その後、私はあの老人に会ったことはないが、今でも祭りばやしの音色は、きまじめな手振りで、踊りつづけていたあの人の顔を呼びおこすのである。

夏祭りのイラスト1
| 13:57 | 診療室の窓から | comments(0) | trackbacks(0) |
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